星はダンディなおじさんを回る

ダンディなおじさんには不思議な重力がある。ホステルの隣のスパイス屋、屋台でサンドイッチを作るおじさん、黙々と生地を広げる菓子職人。素敵なおじさまに不時着せずに、イスタンブールを歩くのは難しい。

どんよりとした昼下がり、ダウンジャケットの襟元を絞って海風に震えながら町を歩いていた。ダウンタウンに近い船着き場でフェリーを降り、地図を見ずに丘の上のモスクに向かう。トラムが走る大通りから一つ奥に入った小さな路地で、コーヒー屋のおじさんが炭火をあおいでいた。目を合わせるとニヤリと笑い、「飲んでいくか?」と声をかけてくる。もちろん言葉はわからないけど。

おじさんは小さなカップを取り出して「これお前のな」と僕を指差すと、カップをぬるま湯で満たした。そのお湯を真鍮の柄杓に入れて炭火にかける。スプーンいっぱいのコーヒー粉を優しく乗せるように入れる。イブリックと呼ばれるその柄杓があったまるにつれて、粉は少しずつ沈んでいく。角砂糖を2個乗せる。

その滑らかな手付きは、僕に「いらないよ」と言わせなかった。おじさんの笑顔とコーヒーの香り。僕は値段を聞く。「やっぱり飲むでしょ?」という顔をして、おじさんはジェスチャーとともに値段を答え、コーヒーを軽くかき混ぜた。優しく、かちゃかちゃと楽器のように良い音をさせて。これまで聞いた最も素敵なかちゃかちゃだ。この旅行が映画ならサウンドトラックに入れてもいい。

彼は柄杓を持ち上げて、ドロドロのコーヒーを小さなカップにするりと入れる。粉っぽいその液体の上澄みをすするのがトルコ式コーヒーだ。見とれている僕を赤い布で飾ったテーブルに座らせると、音を立てずにカップを置いた。注ぐときの手つき、一発で僕を立ち止まらせた笑顔、気取らないセーターとチノパン。僕はそのダンディズムに魅せられていた。

一口飲んでつい頬が緩む。ダンディとはその人自身のことではなく、その人が空間にもたらした変化なのだと気づく。彼のダンディは、そのコーヒーであり、自身の選んだカップとソーサーであり、使い慣れたイブリックであり、店を彩る赤と緑のキリムであり、その空間そのものだった。

公転する星たちのように、その店は彼の重力を受けて回っていた。テーブルもじゅうたんも柄杓もコーヒーもそれを飲む客も、もちろんその甘味に歓びのため息を付いた僕自身も。その総体が彼のダンディなのだ。周回軌道を描いて、翌日もまた僕はその店にいた。