シリア人のにいちゃん、東京に暮らす幸運について

イスタンブールでは、アヤソフィア大聖堂にほど近いダウンタウンのホステルに泊まっている。1段ベッドが並ぶドミトリー、1泊30リラでだいたい900円くらいだ。屋上の共有スペースで深夜までどんちゃん騒ぎをしているのが玉にキズだけど、立地も良くて日の当たる気持ちのよい部屋だ。

トラムも走るメインストリート沿いのそのホステルは、1階が観光客向けのみやげ物屋になっていて、シリア人のにいちゃんがトルコ石の指輪やシルクのスカーフを売っている。

彼と話したのは、安くて美味いメシ屋を聞くためだった。彼はバルカンロカンタシという近所の店をおすすめしてくれて、最初の一口で僕は彼が好きになった。

バルカンロカンタシは繁華街の裏通りにある小さな安食堂で、ガラス張りの入り口の横に煮込み料理が並んでいる。気になるものを指差すとおっちゃんがなみなみと皿によそってくれる。「ご飯は? パンは? 飲み物は? スープは?」。おかずとパンとで、8リラ50クルシュ。300円くらいだった。

1階でみやげ物を売るにいちゃんとは、暇そうなときによく話すようになった。安宿を探すのにもってこいなアプリを教えてもらったり、イスタンブールで行っておくべき場所を教えてもらったり。

周りに人がいないとき、彼はたまに悲しそうな顔をした。宿泊客や仕事仲間と話しているときは、いつもおどけて変な冗談をとばしているのに。

彼の地元は、シリアのあの街は今どんな状況なんだろう。戦火に巻き込まれた故郷を離れて、隣の国で暮らすってのはどんな気分なんだろう。FBで友だちになって、僕が「この写真いいね。どこなの?」と聞いたとき、彼は首を振って何も言わなかった。僕は自分のデリカシーの無さが恥ずかしかった。

たまに彼は「日本に行きたいんだ」と言った。「日本で働けないかな?」と。僕はどんな方法があるのか少し考えたけど、悲しい顔をして言うしかなかった。たぶん君が就ける良い仕事は日本にはないよ。就労ビザは降りないだろう。難民認定だって何年も待っている人がゴマンといるんだ。そういう国なんだ。

彼は英語が上手で、大学ではインテリアデザインを学んで、初めての人にも好まれる気さくさと、困っている人を助ける思いやりとを持っている。中国人観光客に指輪を売るのはそれほど上手くないけど、やりたいことが一致するならぜひ一緒に働きたいと思える素敵な人だ。

昨日は日本の話をした。日本のどこに住んでるのと聞かれて「トーキョー」と答えると、彼は一言こう言った。
「You are lucky.」

僕も本当にそう思う。東京で僕が立っているのは、先人たちが築いた硬く高い土台の上なのだと。小さい努力で豊かな暮らしができるのは、僕らの能力よりも、整えられたインフラと社会制度のおかげだと。そしてそんな場所に生まれ落ちたのは、本当に運が良かっただけなのだ。