何もかもどうでも良くなって、世界が一段と美しく見えることがある。
全てが自分とまったく関係ないもののように思えて、
現実の自分が世界から遊離していくとき、目に映るものは観念的な美しさを帯びる。
永井荷風の『夢の女』、すばらしく美しくて情緒的な作品だった。
近代化を進める明治の日本で、時代や社会の流れに否応なく流されながら、懸命にいきた一人の美しい女性。
情緒的な風景描写がたまらない。通底する悲壮感、生活の苦しさ、時代の流れに翻弄されるちっぽけな個人、それでも彼女は幸せに生きることを望み、持ち前の勤勉さで日々を生き抜いていく。
橋から眺めた東京の夜景は、遊郭で身を削った苦しい日々の象徴なのに、それはとても美しく彼女の目に映るのだ。苦しみながらも見続けた夢が失われ、一つの生が感動のない白昼夢の中に飲み込まれていくとき、彼女は世界との境界を失い、ただ美しい世界に溶けこまれていく。
読み終わって憂鬱な気分に浸りながら、小説全体の美しさに心を震わせていた。このときの僕には、世界はとても美しいもののように思えていて、ほどよく回った酔いと無気力の温かさに心地よく沈んでいた。直後にミャンマーの難民の人身売買のニュースを見るまでは。