この話はフィクションなのだけど、井の頭池に飛び込んだことがある。
二度目の東京オリンピックを3年後に控えて、東京の街はレッドブルを一気飲みした徹夜明けの朝みたいに、気だけが急いで頭がすこしも働かないという表情をしていた。
飲み会の帰りに友だちと二人で飲み直すことになって、喧嘩していたガールフレンドに謝罪の電話を入れてから、ラムの美味い店に入ろうということになった。
長電話になっては退屈なので井の頭公園に向かったけど、その心配はなかった。電話が一方的に切られてしまったときの僕の顔は、とても間抜けだったはずだ。友だちはこういった。
「失敗したときの理由を、自分の普遍的な性質のせいにするやつはネガティブで、そのときの条件のせいにする奴はポジティブ」
夏が始まりそうないい夜だった。井の頭池は吸い込まれそうなピアノブラックで、風がないのに梢のそよぐ音がした。どこかで猫が喧嘩している。ガールフレンドをまた怒らせてしまったのも、猫が騒いでいるのも、弾力のない春の終わりの空気のせいだった。
もたれていた橋の欄干から身を起こして、シャツを脱いで丁寧にたたんだ。靴を揃えて脱いだ。ふと立ち止まって見てしまった友だちの表情は雄弁だった。
「お前はいつも衝動に従いそうになっている自分を一度客観視してしまう。それでも衝動に従っている自分を演じなくてはならないと自分に言い聞かせている。哀れな男だよ」
僕はとてもつまらない演説をぶって、宙返りをしながら飛び込んだ。井の頭池の水はぬるくて気持ちよかった。落ちる瞬間に対岸の街灯がキラキラと光った。欄干に這い上がって、もう一度飛び込んだ。今後は背面宙返りで。
翌日、緑のイルカになって井の頭池を泳ぐ夢を見た。