歳を重ねるために

そのとき僕は16歳で、毎日パンクロックばかり聞いていた。
授業中にマンガを読んで没収されたり、予備校をサボってカラオケに行ったり、
おおむね真面目な高校生だったと思う。
カッコイイとは、バカなことが「上手く」やれることで、
悪目立ちしない範囲で誰もやらないことをしたり、中の下の成績をキープしながらサボったり、面白いものを友だちに広めたりすることだった。

ブッチャーズが言うように、歳を取れば作るものは色褪せると思っていたし、
ハイスタが言うみたいに、いつか僕も自分の心の声が聞こえなくなるんじゃないかと思ってた。
大人たちは心を捨てろ捨てろというが俺は嫌なのさ、
尾崎豊風に言えばそういうことだった。
10年後には、自分も尾崎豊が死んだ歳になって、
再結成したハイスタが新曲を出して、ベイスターズがCSに出て、
ボブディランがノーベル賞を取るだなんて、16歳のころ想像ついただろうか。
あのとき知らなかったことは、世の中には、とても人間らしく魅力的に、誰かを喜ばせたり、何かを守ったりしている大人がいるということ。
責任を持って働くのは楽しいし、やりがいのあることだということ。
あのとき僕らが今より優れていたのは、
恥ずかしげも衒いもなく、
未来や人生や、幸福や愛や運命について語り合えたこと。
昨日読んだ漫画について話すような気軽さで。

***

社会人4年目の世代になって、仕事や研究で病んだり通院したりしている友だちが、そろそろ両手で数えられなくなる。
当時の僕らは「大人になるって、どんなことなの?」という問いかけをしながら、
「生きるってどういうことなの?」について話し合うことができた。
「大人になったらなりたくない姿になっちゃうんじゃないか」っていう強迫観念に、ケツを蹴り上げられながら過ごしてたあの日々は、あながち間違っちゃいなかったんじゃないか。
もっと気楽に、普段から、人間とはなんで、働くとはなんなのか、問いかけてみてもいいんじゃないの?
答えなんて見えないけど、ボブディラン風に言えば、
風に吹かれて舞ってるかもしれない。