6歳の僕がみた世界は

そのとき僕は6歳で、ポケモンのアニメについて話しながら友だちと通学路を歩いていた。背中には自分の胴体と同じくらい大きなランドセルがあって、歩くたびに筆箱がカタカタと音を立てた。
街路樹は赤くなった葉を落とし始めていて、僕たちは落ち葉を蹴り上げながら歩いた。

その朝、どうしてか覚えていないけど、僕は「家でポケモンを飼っている」と友だちに嘘をついて、
「なーんてニャ」ととぼけるヒマもなく、クラス中のみんなが「須田の家はポケモンを飼っているらしい」という噂をしていた。

ちょっと見栄を張ったつもりで言ったことが、ずいぶん大げさな話になっていて、
今さら訂正もできなかった僕に、友だちが「お前家にポケモンいるとか嘘じゃん」と言った。

「嘘」という言葉は、今とは比べ物にならない重さで僕を打ちのめして、6歳の僕は人格を否定されたように感じたのだった。

僕はその友だちと喧嘩をして、「もう絶交だ」というような宣言をした。同じマンションに住んでるから、当然よく見かけるのだけど、口をきくことがないまま1週間がたった。

ある日、僕が学校から帰ると、家の鍵が開かなくなっていた。というより、鍵は開けたはずなのにどんなに引っ張っても扉が開かないのだ。

奇しくもそれはポケモンの放送日、つまり木曜の夕方だった。
インターホンを押しても誰も出ない。僕は家の前で途方に暮れながら、マンションの階段に座って沈んでいく夕日を見ていた。

高台のマンションからは、厚木の米軍基地や、まっ赤な空にうかびあがる丹沢山地のシルエットが見える。
どこかからカレーの匂いがした。お腹が空いてる感じと、寂しいという気持ちはとても似ているんだと知った。

ふと、その日ポケモンを見ないと、友だちと仲直りできないような気がした。
小さな町、通っている学校、いつも遊ぶ公園やスーパー。
それが僕たちの全てで、
自分の居場所は作るものでも見つけるものでもなく、自然とそこにあるものだった。

友だちと喧嘩して居場所がなくなったときにどうすればいいかなんて、6歳の僕には、とうてい分からなかった。

声をかけられて振り向くと、隣の家のおばあさんがいた。
おばあさんは僕を家に招き入れて、美味しいせんべいを出してくれた。僕がポケモンを観たいというと、テレビをつけてポケモンを観せてくれた。

あのとき、主人公のサトシは4歳も年上で、
ポケモンや周りの人と助けあいながら困難に打ち勝つのを、僕はとても頼もしく思った。

かっこよさとは、「誰かと仲良くできて、間違えたら謝れること」だった。
僕はそのときのサトシをみて、自分もこうありたいと思った。だからこそ、明日は友だちに言おう。ヤケになってごめん、嘘を付いてごめんと。

あの頃の僕には、あの小さな町が全てで、
一人ぼっちで階段に腰かけてるだけでもさびしいのに、
サトシのように知らない町へ行くなんてとうていできなかった。

ポケモンを見終わったころ、母親が迎えに来てくれた。
家のドアが開かなかったのは、換気扇の風圧のせいだった。

「大人になるって、どんなことなの?」
母親にそんなことを聞いた気がする。
僕もアニメの主人公のように、大きくなったらこの町を出るんだろうか。

家に帰ると、夕飯はカレーだった。
階段で嗅いだカレーの匂いは、うちの家の夕飯だった。